出版社編集者 第3章 AI後
「既得権益に固執すれば、後の損失は避けられない。」
――杉村洋介(出版評論家)
三年後の評論は、当時の編集部の疲弊を端的に表す。だがその言葉が社内に響いたわけではない。日常は静かに進み、社員たちは冷めたコーヒーをすすりながら無言でパソコンに向かっていた。
販売データのグラフは明らかに下向きで、数字はかつての躍動を示さない。若手は画面を閉じると、机の引き出しから古い書籍を取り出し、紙の匂いを吸い込んだ。その匂いは確かに温度を持っていたが、外の市場に比べればあまりに小さな慰めにすぎなかった。
昼休み、窓際の社員たちはスマートフォンを覗き込み、海外ニュースに流れる数字を確認する。そこに書かれた市場シェアや新作発表の報が、紙面の活字よりも現実的に響く。誰かが低くつぶやく。「嗜好はもう変わっている」。しかし、その声は周囲の雑音にすぐ溶ける。
夕刻の会議では、報告が淡々と読み上げられる。誰かが数字を指し、誰かが議事録に書き加える。だが議論は広がらない。資料の端に付いたインクの滲みだけが、そこに人間の手があったことを証明していた。
夜、編集室に残った中堅社員は机に頬杖をつき、冷めたコーヒーをもう一口含む。苦みが喉に残り、目の奥に疲労が沈む。パソコンの画面には、海外ニュースの速報が新しいグラフを示していた。右肩に伸びる線を見つめながら、彼は小さく息を吐く。
過去を思えば、まだ転換の機会はあった。だが拒み続けた結果は、市場の崩壊という形で返ってきた。守ろうとしたものは、結局手の中からこぼれ落ちたのだ。
夜明け前の静けさの中で、彼は書棚の一冊を開き、指先で紙をなぞる。その感触はかつて自分が信じた未来の証だった。だが今、その未来は過去形になっている。
「既得権益に固執すれば、後の損失は避けられない。」
その断定は、もはや外部の評論ではなく、自分自身の胸の内から響く声になっていた。